誰かの中の1日目
西村 烏合
chapter 7
なぜ自分がここから物事を見ているのかわからない時がある。
解放されるのは、自分がどこに居るか忘れている時。
でもここはそんなに広くない。走ろうとして檻に頭をぶつけて、自分が閉じこめられていることを思い出す。
檻の中のティグラを当たり前に受け止め、かっこいいだとか、かわいいと言う声。
檻の中にいるのが?と聞けば、ちがう、ティグラ自身がすばらしいんだ、と声は言う。
でもティグラは、檻を通してしか世界を見ることができない。檻を通してしか世界に触れられない。
檻の外の目が、ジャングルの自分を知っているだろうか?走りまわり、夜に溶け、お気に入りの木の上で寝る自分を、見ることができるだろうか?
そんなことできないだろうとティグラは思う。
こんな自分を見ないでくれとティグラは思う。
こんな檻の中の自分を。
自分は見世物のティグラだと認めろ。ヒューマノイドに信頼されろ。そしてスキを見て逃げろ。
人間の信頼を勝ち取ったティグラは言う。
檻の中のティグラは言う。そんなふうにはできない、と。
甘えるな、できないなら一生そこにいろ。信頼を勝ち取ったティグラは怒って去っていく。
自分を偽ってでも、認めたくないうそを認めてでも生きぬいたティグラをヒューマノイドたちは称賛する。逃げられはしたが、あいつはかしこくて強いティグラだと。
他の見世物たちの中にも、あのティグラは偉いと思うものたちがいる。傷ついても立ち上がり、美しいと。
檻の中を知らない自由なティグラは、美しくないのだろうか?
檻の中のティグラは思う。
檻に入れられなければ、誰も、自分にうそをついて傷つく必要などなかっただろうに、と。
檻の中のティグラは檻から逃げ出した。
長い時間がかかった。けがをした。だが檻から出ることができた。
よかった。檻から出られてよかった。もう檻にぶつからなくてよくなって、よかった。
もう檻を通して見られることはないんだ。よかった。
ティグラは思った。だがティグラのまわりには誰もいなかった。
ティグラはどうやって仲間を作ればいいのか、わからなくなっていた。
ティグラはもうジャングルを思い描くことはなくなっていた。
檻から出られてよかった。
ただそれだけを思いながら、ティグラは町の中で死んだ。
chapter 8 へつづく