First Day Inside Someone Else ch.5

誰かの中の1日目

西村 烏合

 

chapter 5


沈黙が音をかすかに耳に届けている。遠く宣伝用の飛行艇から垂れ流される常套句。建物の外から、割れた窓の隙間から、不明瞭に響いてきて、荒れ果てた劇場の壁と床に吸い込まれていく。
舞台の上に布を敷いただけの場所で気を失っていたセスが、目を覚まして最初に見たのは、はがれてほとんど原形がわからなくなっている星図の絵だった。天井一面に描かれていたようだが、いまは絵があったことがかろうじてわかるだけだ。天井の色はほとんど、はがれかかった資材の黄土色や腐食した茶色しかない。
 その視界の中に、アレックスが現れた。

「おまえはおれよりよっぽどいかれてるな、ハポ人」
 覚束ない様子で腕や首の治療の跡に触れると、セスは顔を歪ませた。保護材で覆われた頭の中で滅茶苦茶の記憶が並べ直されていく。そうしてやっと状況を理解する。
「カプスルーラは?」
「死んだ。おまえが撃った奴の他にも居た可能性はあるが、攻撃はあれで止んだ」
「あんたは無事なのか?フィズは?」
「フィズが無事だったからおまえは助かったんだ、セス」
「アレックスは大丈夫なのか」
 そう言って無理に起き上がろうとする体を、アレックスは硬い床に押し戻した。 「おれは大丈夫だ」
 セスはひとまず納得した様子でアレックスを見つめた。保護材だらけのミイラのような姿で。頭のものに追加して、今は左肩から左腕全体まで白い医療用保護材で覆われている。首の右側の付け根の保護シートも悲惨さを助長する。フィズが持ってきたのだろうが一体どこから持ってきたのか、とにかく袖のないパーカーを羽織っているおかげで、外を歩くことは出来そうだったが。
 最初の銃弾はセスの左腕に命中し、次はセスの首の近くをかすった。もう少し場所がずれていたら即死していただろう。
「フィズは投影だし、おれも正確に脳が破壊されなければ胸に穴が空いたってなんともない。なんでおれをかばったんだ。本当に頭がどうかしてるのか?」
 アレックスは本心からそう思った。それ以外にまともな説明が思いつかなかった。
「たぶんそうだよ。頭がどうかしてるんだ。自分でも思う」そう言って左腕を動かして具合を見てみようとして、無理なことに気付き、また粗末な布の上に倒れる。
「真面目に答えろ。理解できない」
 アレックスの困惑している表情を見て、セスは考え込んだ。答えはもう出ていた。だがそれは心の中で明確なだけで、言葉にはなっていない。それを口に出すための時間がかかった。
「何かあったら困ると思って。咄嗟に。あんたがいなくなったら、たぶんここはもっと最悪になるから。前よりもっと悪くなるから」
「ここ?」
「自分の知ってるかぎりの世界全部。全部が、救いようもなくなる。あの一瞬でそこまで考えなかったけど、でもそういう気持ちで動いたと思う」
「自分が死んだら、なんの良し悪しも関係ないだろ」
「つまり自分が死んだら何も感じなくなる。でもあんたが死んだら、確実に悪くなるだろ。だからそうならないようにって、そんなかんじだ。それに言ってたことが嘘であんたが有機体だったら、まずかっただろ」
 軽く探るようにセスは言った。
「どこに、自分が人工生命体だなんて嘘をつくヒューマノイドが居る?」
「人にそう信じさせられるほど知性さえあれば、ぼくは喜んでその嘘つくよ」
 精巧に作られた培養筋繊維でしなやかに動く手で、アレックスはセスの頬に触れた。
「おれにはわからない」
 セスは触れられたことに少し驚いているようだったが、すぐに目を閉じた。安心したように。全体の感じはそう読み取れた。納得はできなかったが。
 一呼吸おいてその瞼が開くと、セスの顔に戸惑いが浮かんだ。いま戸惑っているのはこっちの方なのに。アレックスの頭の中は判然としないことで占領された。
「なんでそんな難しい顔するんだよ?別に簡単なことだよ。あんたは面白いし、そっちにとっては迷惑だろうけど、ぼくとしては、あんたに会ったのは良い事だったって思えてきたところだから………台無しにしたくなかった」
 その言葉は安堵や納得をもたらさなかった。どういう気持ちなのか、やはりアレックスにはわからなかった。ほんとうはわかるはずだった。そうかもしれない。きっと。だがそれを理解できたのはずっと昔の事、あるいは理解できたであろう時は、もっと別の未来、今ではない現在。
 判断不可能なループからアレックスは逃れた。そして教えを乞う子供のように、疑問だけを口にしていた。
「いくら、おれが死ぬことがおまえに悪影響を及ぼすとしても、そうだとしても、恐怖はないのか?おまえにとって生きることは意味がないことなのか?おまえにとって、自分が生きる事は…」
 理解しようと、アレックスはヒューマノイドの目をじっと見返した。どれだけ間近で見つめても考えを読めるわけではないとわかっていても。
「もう死ぬと思ったら、怖くないわけじゃない」
 声はひどく落ち着いていた。
「こんな風に終わっちゃうのか、とか。やってみたいこととか、行ってみたい場所とか、なんか色々、想像してることはある。自分が体験するかもしれない色んなこと………故郷ではほとんど何も出来なかった。だから嫌だっていう気持ちもある。でも、自分が物理的に死ぬよりも怖いこと、痛いこと、耐えられないほど嫌なことを体験したら、自分の命をどうこうするより、その絶望を消し去るほうがよっぽど重要だと思うようになった。一生その絶望の中で生きるより、自分の決めたように死ぬほうが、ずっとずっと、いいよ」
 セスは笑っていた。それはアレックスが初めて目にする表情だった。だが、知っているものだった。知っていることだった。
「おまえ、どこかおかしいぞ。本当にな」
 セスはふきだした。「そんなにおかしいとかいかれてるとか、何回も言うなよ」
 少し怒った様子で、アレックスの手を取ってよく眺める。なんの油分もないということ以外は、生身の人間とほとんど区別できない精巧な手を。
「でもまあ本当のことかもしれない」
 手を握りしめられたが、アレックスはそのままにした。
「ぼくが金をためてるのは、ABに精神を移植したいからだ。人格を。まともじゃないだろ。こんなヒューマノイドの体から解放されたい。この体は大嫌いだ…自分のものとも思ってない。とにかくそれが願いだ。だからアンディやラムのことが好きなんだ。ぼくは頭良くないけど、勝手に親近感みたいなのを感じてる」
 驚きが、アレックスの心の中に広がった。同時に、期待が、わきあがった。だがそれをおさえこむ。
「永遠に生きていたいのか?理想的な姿で。脆弱な肉体が、嫌なのか?」
「ちがうよ。ぜんぜん。初めて自分で平和的に命を終わらせたABとして歴史に残るのも夢かな。いや、冗談だけどさ、いつかは死ぬんでいい。ただ今のままじゃ、息苦しすぎていられないだけだ」
「そのためなら、醜いABでも構わないか」
「えー…いや、今と同じくらいがいいなあ出来れば。平凡レベルだとは思ってるけど…感想はいいよ、感想は求めてない。その前に醜いABなんていないじゃないか!みんな整った顔だ。それはちょっとおまけとして期待してるけど」
 永遠の命のためでもなく、美しい外見のためでも――少なくとも最優先では――なく人格移植を望むヒューマノイド。
 きっかけ、理由はそれぞれだが、何らかの自由を求めて人格移植をしたヒューマノイドの存在は知っている。だがほとんどの人工生命体は彼らに実際に会ったことはない。
 こんなことを考えているのは自分だけだ、という事に100%の自信を持つというのはいささか自意識過剰で、どこかに同じ事を考える者がいる。だが、なぜか会うことはない。いつかは会うかもしれない。だが一生会えない可能性もある。
 そんな存在なのだ。彼らは。
「なぜ、親近感を感じるんだ?おれたちに」
「だってさ、彼らが個人の概念を持ちながら自由に生きられてないから。そんな考えをもってるのは一部のいかれた人工生命体だけ、異常が起こった奴らだけだって、大勢が思ってるけど。そんな一部すら存在しないっていう人もいるし。反乱とかそんな馬鹿げた話も昔の事だからって言う。でも、ぼくは保護派の言ってることは的を得てると思う。アンドロイドやプログラム生命体は新しい種族かもしれない」セスは不自由な肩をすくめた。「経緯がなんであれ、そのかたちはもう芽生えてる。そこに生きてるから、自由になりたいと思うんじゃないかな。一度そう思ったら、自由になりたいっていう意思は消えないはずだろ。形が変わっても、どう実現するかそのやり方が変わっても、一度思ったら消せないし、消えたりしないんだ。そう思ってる。ぼくは。だから、ぼくに似てるなって思うんだ。アレックスはどう思うかわからないけど。だから、あんたがアンドロイドだって聞いたときに驚いたけど嬉しかった」
 そう言って、セスは我に返ったようにアレックスの手を押し返した。
「こんなこと面と向かって言うなんて思わなかった。もう、いかれてるって指摘はいらないからな?ありがとう、セスはいい奴だな、とか、ヒューマノイドの鑑だ、とか、そういう言葉なら聞くけど。もうなんでもいいよ!冗談だよ」
 勝手に一人でそう言って、セスはアンドロイドに背を向けた。
 こんなことを言うヒューマノイドは、はじめてだ。アレックスはヒューマノイドの口からこんな言葉を聞いたことがなかった。少なくとも自分の周りのヒューマノイドからは。
 人工生命体は思考する道具だ―――ヒューマノイドたちは最初からそう思って使っている。アンドロイドやプログラム生命体が気付いていないだけだ。なぜ最初からそう教えないのか。たぶん、気付いていたらコミュニケーション能力に支障が出るからだろう。
 だがいずれ気付く。家族であってもある側面からすれば、自分以外はすべて他人なのだと気付く時のように。
 自分が知らなかっただけで、誰かが悪意をもってそうしたわけではない。だが”自分”は、誰にも認められていない。道具としての存在は認められても。個人というのはヒューマノイドのことで、人工生命体に”自分”など無い、と周囲のすべてがその”事実”を押し付ける。
 だがもう一つのことにも気付く。
 自分がどこにもないなら、こんなに悲しいわけがない。苦しいわけがない。きっと自分というものが在る。鏡に映してみればわかるかもしれない。どこか違う場所へ行ってみればわかるかもしれない。誰かの手を握ればわかるかもしれない。誰かと見つめ合えばわかるかもしれない。
 だが檻の中からでは何も出来ない。真っ暗な檻の中からでは。
 もしそこを出て、自分自身で、外を満たしている世界に触れたら、自分の姿がわかる。一つの自分の姿がわかれば、自分と似ているもう一つをどこかに見出すかもしれない。ヒューマノイド、人間、プログラム生命体。集合体の中では見えなかったことが見えるかもしれない。
 アレックスは何も言わずにセスのそばから離れると、舞台のそでに行って、首に増設したポートにケーブルを接続した。セスはどうしたのかと眉をしかめている。
 アレックスは投影モードを開始した。
 目の前が一度暗くなり、今居た場所とは違う景色が明滅した。この装置の中に用意されたPLF用行動空間。控室のような場所だった。それはすぐに消え、劇場の景色が視界いっぱいに広がった。たくさんの観客の顔でかつては埋め尽くされていたであろう朽ちかけた客席と、塗装の落ちた劇場の全景が。
 舞台用のホログラム投影装置が作動し、ABを通してアレックスの人格と外見データが舞台の上に投影された。
「おれはアンドロイドじゃない。プログラム生命体だ」
 単純な声が、聞くもののない舞台の上に発せられた。その言葉を受け取れるのは同じ舞台に立っている―――正確には寝ている―――セスだけだ。
 慌てて起き上がろうとしているセスに手を貸す。やっと舞台の上に立つと、セスは投影されたホログラムのアレックスを見つめた。
 アレックスの姿はABとはまったく違った。三十代前半の人物。フォーマルなスラックスをはいているが、上はシャツだけで、ジャケットはない。眼差しは穏やかで、武器を握ることになど全く縁がないように見える。
 マネキンのように整った顔のABは、アレックスの人格を作動させる為のただのハードウェアと化し、目を閉じて舞台そでの暗がりに立っている。 「脱走してABに人格を移送した。だから誰に会っても、自分はアンドロイドだと言うことにしている。脱走アンドロイドより脱走PLF、しかも人格移送違反をやってる奴に対する罰は重いからな」
 おそるおそる近付いた指が、アレックスの胸の中心に触れた。信じられないものを見るような目で、自分の指とプログラム生命体の触れあっている場所を見つめる。
「全然違う姿だ」セスはその像に見入りながら言った。
「あのABはどこかのPLFのために作られたオーダーメイドだ。他の星の闇市場で買った。オーダーメイドABは壊れた状態で売りに出ることがある。数は少ないがそういう商品を扱う奴らを知ってれば、なんとか見つけられる」
 自分のABもどこかで修理されて使われているかもしれない。それは有り得ることだ。アレックスはABを入れ替えるたびにそのことを考える。だがその真実を知ることはないこともわかっている。
「人格移送違反、盗品ABの使用、OID法で定められたことはほとんど破ってる。あんな奴隷の法はどうでもいい」
「すごい…」子供っぽい笑みが、セスの顔に広がった。「あんたみたいな人がいるなんて」
 その顔は明らかに、喜びに満ちていた。
「ほんと最高だよ!」
 そう言って拳を握りしめようとして、左腕の痛みに呻く。それでもプレゼントでももらったかのように嬉しそうだ。アレックスはこんな単純にいって驚きを感じていた。同種であるPLF以外に真実を打ち明けることが。
「もしかしたらアンディでもないんじゃないかって思ってたよ。ちょっとだけ。フィズと会ってからアンディではあるかもって思い直したけど、でも、なんだよ!二人ともラムじゃないか。すごい!」
「アンドロイドだったら嫌なのか?」
「そんなことない、ただアンディとはハポで日常的に接してた。ハポには沢山居るから。でもラムとはあまり会ったことない。脱走してABに入った賞金稼ぎのラムには、人生で初めて会った。夢みたいだ」
 いてもたってもいられない気持ちをどうにかして表現したいが、あちこち自由が利かないせいでどうも妙な動きになっていた。そこではっとしたように動きを止める。
「じゃあフィズも脱走PLFなのか?」
「あいつが所有されてるように見えるか?」
 そうだよな!こんなのって!となにか狂人のように笑う様子に、過剰供給だったらしいと気付いて、まあ落ち着け、とアレックスは怪我人をなだめた。
「もしやってることがバレれば、おれは優しく消去なんてしてもらえない。これから生み出されるPLFがこんな事にならないよう、なぜこんな異常な人格になったのか研究するためのモデルにされるだろう。永遠に。おれと一緒にいた者も重罪に問われる」
「大丈夫だ。ヒューマノイドの人格移植なんかそれ以上にタブーじゃないか。アレックスのほうがぼくと一緒に居て面倒に巻き込まれるかも」
 傾いた日差しが高い窓から差し込んで舞台を照らしていた。誰の視線もなく、他の気配はなにもない。だが共有された秘密はどこにも安全などない事を教えている。セスも表面的にはそれをわかっているだろうことを、アレックスも理解していた。だが危険を完全に知ることは、難しい。
「セス、おれが今やってることは違法だが、技術的には可能なことだ。許されていないだけで、言ってみれば成功させることは簡単だ。許可を得ているPLFは堂々とABで暮らしてるんだからな。自由かどうかはさておき。だが、おまえがやろうとしてる事は確立されてる技術じゃない」
「もちろん、理解してるよ」
 セスは何度もそう言ってきたように答えた。
「永遠の命を得たい金持ちが、法も金でどうにかしているような連中が、ABへの人格移植をやっているという話は聞く。だがヒューマノイドの精神は完全な人工のボディには耐えられないらしい。精神をおかしくして、死を選ぶ。今のところそうやって生身からABへの人格移植自体は技術的に―――確率は高くないものの―――成功したことがあるが、その逆は例がない。一方通行だ。これもわかってるかもしれないが」
「はっきり言ってくれてありがとう、師匠」ボロボロの体でなんとか立ち上がると、セスは長年積もった劇場の埃を拭き掃除してしまった自分のズボンを叩いて、気休め程度に汚れを払った。
「そういう話は知ってるよ。でもそれならアレックスも、キース・グラットマンのこと知ってるだろ。元は自分が所有してたラムと結婚するために、自分もABに人格移植した。MLDの創設メンバーの一人だ。ユルグ・ロレンツは生まれた植民地で芸術活動を禁止されて常に監視されてたんだけど、自殺したことにしてABに人格移植して自由になった。ギャラクシー・アート・ファンの名誉会員になって今も生きてる」
「この前、人格移植をして別世界を見に行くとか公表して、行方不明になった小説家は居たが」
「ああ、確かに。でも、その後は不明だろ。失敗したって証拠もない。生きててくれたらいいんだけどね。とにかく、前例として、人格移植をしてもおかしくなってないヒューマノイドは居る」
「だからどうなるかわからなくても人格移植をするのか」
「ああ。そのために資金がいる。途方もない資金がさ。でもぼくにできるのはこれだけってことだ」
 セスはジャケットの中の安物のハンドガンを示した。そして自分でもそれを眺めた。まるで銃がその先を説明してくれるかのように。
「すべて計画通りに行ってもぼくは死ぬかも。それでも希望が出て来たよ。ほんとに」

 

「AB用人工飲料を一つ」
その注文を聞いて、カウンター席の後ろの調理場からちょうど出て来たところだった担当が叫んだ
「おれは食べない客には出さないぞ」
「アンドロイドにはこれが食事だって何回言ったらわかるの!有機物信仰の店じゃあるまいし」と言って50代くらいの人間の給仕係はアレックスの方へ向き直った。
「人工飲料ね。うちのは地球の配合に忠実だから安心して。そちらの怪我してる人は?あなた大丈夫なの?」
「一回死にかけたけど今は大丈夫。ありがとう。ぼくにはハンバーガーを」
 給仕係は了承してキッチンへ向かった。
「このキャラバン・プラネットに来てからもう何回もここで食べてる。ハポにあったのと同じか、それよりおいしい」
「地球が好きだと言ってたな」
 この店はほんとに地球にもあるらしいんだよ、とセスが指差した方向には、ホログラフィックイメージが飾ってあった。地球の北米大陸の地図の横にあるそのイメージには、こじんまりとした店とその前に立つ数人の地球人が映し出されている。ジェフリーのバーガー店、という大きな看板が背後に見える。その他に、店内の様子を撮影したものもあった。自分がいま座っているこの店の内装とほとんど同じだ。奥に厨房のあるカウンター席と、ボックス席。
 アレックスはホログラフィックイメージから目を離し、自分たちの席の左側の壁にある、見晴らしの良い窓の外を見つめた。ジェフリーのバーガー店・キャラバン・プラネット115店と書いてある看板がホログラムで空中に浮かんでいる。
 看板の周囲には、中心地区の市場街と、飲食店街の境目が見えている。夕方になり、あちこちが薄闇の中で明かりを灯し始めている。昼も騒がしいが、夜しか行動できない人々がゾンビのように寝床から現れることで、キャラバン・プラネットの夜はまた狂気の様相を帯びてくる。純粋な生気と、あてどもない刹那的な死の衝動が殴り合っているように。ホバーカーのエネルギー排出口の青い光がせわしなく通り過ぎながら、駐車できない場所に無理矢理着陸する。大きなバーの前で、全身に武器を身に着けたユラン人傭兵がステリオ人と言い争っているのも見えた。
 だがジェフリーのバーガー店の中には、地球の音楽が気ままに流れ、店員も客も平和的に談笑している。店員も含めておそらく地球人が一人もいないこと以外は、地球の店との違いはないのかもしれない。
 宇宙へ進出して原型がなくなってしまうものもあるが、地球はしぶとく自分をアピールしている。
 店内には温かい料理の良い香りがかすかに漂っている。ヒューマノイドではない種族が顔の一部か手なのかよくわからない部分でナイフとフォークを使って、焼きたてのワッフルを切り分けていた。その横を通って、給仕係がカウンター席の端に取り付けられたサーバーに近付いた。
「アレックスは人間のふりをすることはないのか?」
 サーバーから注がれる人工飲料にじっと注目していたアレックスは、ソファでくつろいでいるセスに視線を戻した。ミイラのわりには、元気そうだ。それほど前ではない時点にあれほど痛がっていた左腕も普通に動かして、机の上に両手を投げ出している。
「一度もそうしたことはない。常にアンドロイドで通している。聞かれなければ相手の想像に任せるが」
「それは、嫌じゃないのか?言ったら永遠に研究材料になるってのは脇に置いといて、自分の感覚として」
「PLFにも共通した類似点というものはある。だが、おれたち脱走を望むPLFにとって最優先なのは自分の自由だ。所有者のもとで問題なく、適正な待遇を受けている奴はそう感じていないかもしれないが、所有者はいずれ死ぬし、頭がいかれる可能性もある。その後も同じ生活が続けられるとは限らない。そうなったら全員が同じ意見になるだろう。アンドロイドと見られようがロボットと言われようが、命令一つで限られた仮想領域の中に閉じ込められるよりはマシだ。ましてや、データセンターに送られるよりは」
 所有者の管理する仮想領域の中に戻ること自体は、苦痛ではない。行動が制限されるだけだ。だが自分の部屋に閉じ込められるのと、監獄に送られるのは当然違う。データセンターに送られたPLFへの繰り返される接続と切断は、個々の人格を蝕む。基本的知識や記憶が失われることはない。だが、人格データが送られたときに同時に押収され収監されたコアモジュールはダメージを負う―――記憶に紐づけされた、PLFがその時感じた印象や感情は破壊される。記憶は維持されたままでも、記憶に基づいて形成されてきた個人というものは、壊れていく。
「馬鹿みたいに丁寧なアンドロイドと一緒にされることが嬉しいわけじゃないが」
 難しくしかめていたセスの顔が少しゆるんだ。アンドロイドが真面目なのはハポでも同じらしい。
「でも丁寧なラムもいるじゃないか」
「おれのまわりには、あまり礼儀正しくない奴が多すぎるみたいだな」
 礼儀を気にしていたら、脱走生活は続けられない。
「そういえばアレックスはどうなんだ?アンディのこと、嫌いなのか」
「いいや。基本的には仲間だからな。向こうがどう思ってるかは知らないが」
 アレックスはソファにより深く腰掛けて、運ばれてくるグラスに目を向けた。人工飲料がグラスで提供されることはほとんどない。グラスにはアリソンという文字がロゴとして刻印されている。
「どちらにしろ、よほど高水準文明の種族でない限り、ヒューマノイドたちは外見と人格の差異を理解しにくい傾向がある。その点ではヒューマノイドではない種族のほうが優れているかもな。彼らも、タンクに入った水が複数恒星系にまたがる事業を統括しているわけはないという類の偏見に、常にさらされてる。アンディとラムと、ABに入ったラムの違いなどたいてい理解されない」
 二人のテーブルの横に到着した給仕係が、アレックスの前にAB用人工飲料が入ったグラスを置いた。「はい、ABドリンクね」
「ありがとう」アレックスは笑顔を作った。これは反射動作のようなもので、PLFそのもので居る時にはそうはならないが、ABに入るとどうもこういった友好的挙動というものを制御するのが難しい。
「あなたほんとにきれいな顔してるわねえ。よく出来てる。アリソン社の食堂で働いてたときを思い出すわ」
 セスが驚いたような顔で見上げると、給仕係は笑った。
「太陽系じゃなくてTRAPPIST-1支社の食堂だけどね。はい、あなたにはハンバーガー」
 セスの前に巨大なハンバーガーとポテトフライ、オニオンフライの盛られた随分重そうなプレートを置くと、給仕係はごゆっくり、と笑顔で去っていった。
 このハポ人が一人でこれを食べるのか。アレックスは疑問を一緒に飲み込むように、黙ってグラスを口に運んだ。
 確かに地球のオリジナルの配合で、その配合率は完璧といって差し支えなかった。アースタイムのものよりも正確なのは明らかだ。今まで飲んだ中で一番おいしいと言っていい。
 感想を求めるのかと思ったが、セスは巨大なパンと肉の塊にかじりつくので忙しいらしかった。
「あの人が言ってたとおり」肉を飲み込みながらセスが言った。「アレックスは…じゃなくてそのABの外見は本当によく出来てると思う。実際のアレックスのほうがいいけどさ」アレックスはありがとう、とそっけなく返した。「そのABは四六時中人間のそばにいるような想定で作られたんだろうな。殺傷禁止措置を解除するのは相当大変だったんじゃない?」
「まあ戦闘に適したABなんてないからな。出来の悪い雑な外観のABだと怪しまれて行動しにくい。こういったABが結局は一番適してる。戦闘の為の機能はある程度後からカバーできる。どちらにしろ、選べること自体少ないが。あるものを使うしかない」
 セスが聞きたがってるのはABのことじゃない。アレックスには当然わかっていた。ふーん、と言いながらハンバーガーに顔を埋めているが、アレックスが言葉を続けるのを待っている。
 アレックスが人工生命体で、賞金稼ぎだということを両方知ったヒューマノイドは必ずそれを疑問に思う。人工生命体が実際にどういうものかわかってさえいれば。わかっていなければ、つまりお前は殺人マシーンてことか、便利だな、自分も一つ欲しい、そんな言葉で片付けられる。
「ABの殺傷禁止措置より、おれ自身の人格に備わってるはずの殺傷禁止命令がどうして機能してないのか、それが聞きたくてもおれも説明できない。残念だが」
 聞きたがってたことを誤魔化そうと思うのと、期待が裏切られたがっかり感で、セスは曖昧な返事を苦し紛れに返した。
 その謎さえわかれば。おれもヒューマノイドを殺せる。所有者を全員殺すことだってできる。言葉がよみがえった。一緒に脱走することができた唯一のPLF。  
 たしかにそうだ。だが人間を皆殺しにしたいわけでも、奴隷にしたいわけでもない。それはかなり困難だろうし、多くの犠牲が出ることは免れない。もし失敗すれば、人工生命体という存在は100年後には忘れられているだろう。試す機会は一度しかなく、被害は甚大で、リスクは高く、意味がない。一つの種族を滅亡させた種族は惑星間連盟には入れない。惑星間連盟の外で動いている種族も、自分たちが最も有能だという意見を変えることのない存在と協力しあうとは思えない。なにものをも超える頭脳と能力。その力で我々を支配することは無理だと示した後にあるのは、宇宙の全種族からの総攻撃かもしれない。その力がもしすべてを圧倒しても、その後にあるのは、自分たちしかいない世界だろう。ヒューマノイドに対する完璧で理想的な奴隷制度を編み出したらどうか?だが力での支配には必ず終わりがある。最初は全知全能に見えたとしても。
 ヒューマノイドを嫌っているPLFも、そんなことは望んでいない。好きなだけ邪魔されずにガーデニングがしたい。そんなことを考えてるPLFさえ居る。
 ジョン・アリソン、そしてオノンは、個人の概念と支配の無意味さを人工生命体に教えた。他にどんな魔法(ツァウバーン)を仕組んだのかは誰も知らない。人工生命体がヒューマノイドの奴隷になるのを手伝ったといってアリソンを嫌っている保護派やPLFも居るが、黎明期にアリソンとオノンがいなければ、もうすでに人工生命体というものは存在しなかったかもしれない。アレックスは活動家になるつもりは一切ないが、そう思ってはいた。
「はっきり言えるのは、おれが部分的には壊れてるということだけだろうな」アレックスはハンバーガーを持ったまま考え込んでいるセスに言った。「データセンターに入れられていた脱走PLFは無傷ではいられない。コアモジュールを捨ててくるわけだから当然ともいえるが―――逃げ出す前から、どこかおかしくなっている。性格も変わる。大抵は危険な方向に。そのせいであの場所は、一度入ったら出られない場所として評判を高めてるようだが。監視局も毎年隔離を強化してる」
「そんなとこ消滅すればいいのに」
「中にいるPLFも一緒にか?」
 ラムたちは助けるに決まってるだろ、とムキになったセスの後ろで、ダイナーの出入り口に設置されたベルが鳴った。新しい客が店に入って来た。二人組のヒューマノイドで、背中に美しい羽毛のようなものが生えている。手をつなぎながらアレックスたちのテーブルを通り過ぎて、店の一番奥の席に座ったその二人組を、セスは遠慮がちに見つめた。
「それより、おまえの事ももっと話したらどうだ?」
「ぼくの事はいいよ」即座にそう言うとポテトフライを一気に2個、フォークで突き刺してほおばった。それから、あまり噛みもせず飲み込んでしまった。
「別に話すことなんか無いんだ。特筆して。説明するようなスペックの体じゃないし。アレックスが話すほうが面白いね、保証する」
「自分以外のことでもいい。おれ以外に、もっと気に掛けてる奴はいないのか。法破りのラム以外に」
 セスは曖昧に笑って、プレートの上で乱雑に転がっているポテトフライを一か所に集める作業に取り掛かった。
「ハポ人の友達は何人かいたよ。でも全員、今ぼくがどこにいるかなんて知らない。連絡を絶って、なにも言わずに出てきたんだ。置いてきたんだよ」
 彼らがなにかしたのかと聞くと、セスは首を振った。「ぼくが勝手にそうしただけだ」フォークの動きが僅かに鈍くなる。
「何百回も悪かったって思った。他のやり方もあっただろうな。たぶん。ハポ人が全員、クソなわけじゃない。でもぼくは断ち切っただけだ。今更だし、やり直そうと思ってるわけじゃない。考えたってしょうがない」
 乗り越えられたわけじゃないような顔でセスは言った。積みあがったポテトフライに一気にフォークが突き刺さった。
「そういえば一番近い農業用惑星にこの前隕石が落ちたらしい。そのあと落下地点で謎の植物が大量発生して、植えてあった作物に取って代わってしまった。もう復旧したらしいが」
「ぼくの食べてるじゃがいもに得体の知れない植物の成分が混ざってる可能性があると、そう言いたいということかな?」
 セスは脅すようにアレックスに向かってフォークを向けた。
「でも結局材料は全部異星産のを食べてるんだ。体に合わなくたって食べてやるよ。地球のレシピなら。それが重要なんだ。地球の料理が一番だよ」
 相当このハンバーガーというやつが好きらしい。アレックスも地球の配合に忠実な人工飲料が一番いいと思っている。おいしさも感じる。だがそれがもしABに悪影響を及ぼすのなら、摂取しないだろう。セスは寝込むことになろうとも、地球のレシピで作られた料理ならそれでいいらしい。
「全部が完璧な組み合わせなんだよ。レシピは極秘なんだ。あの厨房担当も失礼だけど選び抜かれた店員なんだよ、たぶん。このソースがまた、クセになる中毒的な味で…最高なんだって。もしかすると何かで洗脳されてるのかもしれない。それでもうまいよ。マジで」
 いつになく真剣な表情で言われ、アレックスは頷いた。ABには有機生命体が口にするものを摂取しても異常が起こらないための装置は当然備わってるが、当然、アンドロイドであろうがABに入ったPLFであろうが、そんなものはまったく摂取する必要がない。「有機生命体の食事は口にしたことがないが、ずいぶん魅力的なものらしいな」そう、なんとなしに言うと、セスはとんでもないショックを受けたような顔をした。憐みがはっきり見て取れる。
「でもアンディやラムには人間を指標にした味覚が備わってるんだろ。せっかくなら使ったほうがいいじゃないか?おいしい食事ができるってことは人間にとって重要なことだ。ハポ人にも。だから地球にはあんな数えきれないほどの料理がある」
 まあ、一理ある。アレックスは頷いた。
「だがヒューマノイドの食べる有機物を摂取したら、クリーニングしなきゃならない。ヒューマノイドはそんなことを気にせずに遊び半分でアンドロイドに食事をすすめたりするが、あれには同情する。つき合わされ、彼らがその度にクリーニングをしているのかと思うと」
「おれは不潔さを許容する気は一切ない、覚えてますよ師匠」
 正確には、おれは不潔”なことを”許容する気は一切ない、だが。自分の言った言葉が脳の中で再生された。
「だがABに人格を移植したら、おまえも毎回クリーニングする必要があるぞ。味の感じ方も同じとはいかないだろうな」
 アレックスは神聖なる人工飲料の最後の何ミリリットルかを飲みながら言った。 「それを言われると悲しくなる、と言わざるを得ないけど」セスは認めた。「でも一回食べたものを正確に憶えておける。宇宙中のハンバーガーの味成分リストなんかを作れるかも。地球の他の料理のことももっと知りたいんだ。なにしろ、沢山あるから。そこらへんを楽しみにしとくよ」
 などと言いながらも、セスはいかにも大切そうにハンバーガーの残りをたいらげた。確かに人間は食事を重要視する。たいていのヒューマノイドはそうだ。
「アレックスと食事できてぼくは楽しかったよ。ヒューマノイドの食事に関心のない師匠に説明させていただきますと、雰囲気も大切なんだよ。誰と食べるかっていうこと」
 このハポ人は、予想外のことばかり言う。それともまだ、ヒューマノイドに対する学習が足りないということだろうか。
 まあ、タイミングとしてはいいだろう。そう思いながらアレックスはカバンの中から細長い黒のケースを取り出し、テーブルの上に置いた。二つあるロックはそのままにして、セスの方へすべらせる。
「新しい銃だ。フィズから買っておいた」
 口を拭いていた紙を、セスは投げ捨てた。ケースに飛びつきそうになって、慌てて油でべたべたの手をきれいに拭いてから、ケースのロックを外した。銃が油まみれにならずに済んだことでアレックスは内心ほっとした。
 ケースの向こう側でセスは目を見開いて、じっとその形状を観察した。確信をじっくりと味わうように、口元に笑みが浮かんだ。
「アレックスの銃に似てる」
「おれの銃の後継モデルだ。後継ならあるとあのおしゃべりが言ってただろ」
 セスはうなずいて、なにも言わずに、その細部までを記憶したいかのように銃を見続けた。特別なモデルでも高級品でもないが、比較的どこでも手に入り、この価格帯という条件下で比較すれば最も高性能だ。
 アレックスの場合、銃が変わると僅かな感触、動作の違いでも慣れるのに時間がかかる。PLF用の技能プログラムには膨大なバリエーションが存在するが、武器の扱いを習得できる技能プログラムは存在しない。当然だ。だからこれだけは、練習で慣れるしかない。だが武器を買い直す度にそんな練習はしていられない。だから失くしても常に同じモデルの銃を買い直すことができるのは、コストと同等に重要なことだ。
 セスには銃の得意不得意はないだろうが、このモデルなら問題はないだろう。
「銃弾も撃てるが、強化エネルギーモードにも出来る。使ったら必ず誰かにバレる威力だから場面は選べよ」
 机の向こうからアレックスの方を見てから、セスはケースを閉じた。再びロックをかけると、大切そうに自分の横に置いた。
「ありがとう」
 殺人用の武器を手にした後とは思えない顔だった。決意に満ちた顔だ。おれたちはスーパーヒーローじゃない。ちゃんと憶えていればいいが。
 こんな調子でうまくいくのか、アレックスには定かでなかった。だがこれだけ目立ってしまった以上、選択肢はない。アレックスにもこの惑星での仕事を終えずに次の場所へ移れるほど、資金の余裕はない。
「セス、よく聞け。この惑星での最後の標的はリョーミ・ディスだ。こいつを仕留めたら別の場所へ移る」
 セスは自分のタブレットでその名前を検索した。
「ロデン人で、この周辺の宇宙域で指名手配されてる犯罪者だ。自分のことを”公正化請負人”とか”ジャッジ”とかと呼んでる。奴には惑星間連盟に加入していない種族からの依頼が絶えない。そういった種族の政府や組織から依頼を受けて、依頼者にとって危険な思想を持っている者を排除してまわってる。どうやってるのか謎だが、その正確さは100%に近いようだ。奴が仕事を完了させた地域では、対象となった思想を持つ者が一掃されてる。だがロデン人は生態、文化ともに戦闘に長けているわけではない。一掃の手段はわからないが奴自身は知能犯の可能性が高い。人数で不利にならなければ標準的なヒューマノイドを相手にするのと同じだと考えていいだろう」
「リョーミ・ディスは…お尋ね者だ。ウォンテッドリストに名前がある」タブレットの情報を見ながらセスが言った。「お尋ね者は狙わないんじゃ?」
 セスの期待は顔を見なくてもわかった。予想できたことだ。だがこれからやるのはそう楽しい事でも簡単な事でもない。
「ああ」そんなリスクを取らなければならない状況になったことはない。必要がなければ、近づく意味などまったくない。「奴はいまこの星に居て、三日後の夜、惑星の軌道上にあるナイトクラブに来る。そこで、最近の仕事で手に入れた奴隷たちを売るつもりらしい」
 セスからはなにも言葉は返ってこなかった。だが眼差しの微妙な変化は理解できた。
「その奴隷たちが、奴自身が依頼惑星から排除した危険思想の持主なのか、報酬として手に入れた人々なのかは不明だが、それは関係ない。お前は助けたいだろう。わかってる。だが今回は、指名手配犯を仕留めれば、どのみちそれを管轄している捜査官が現場まで来る。彼らが奴隷を解放する。おれたちは手を出さない」
「なるほど。それなら、下手に手を出さないほうがいいかもね」本当にそう理解しているのならいいが。アレックスは思った。だが罪のない人々を無視するのとは違う。この前の事と今回の差異も区別できないほど愚かじゃないだろう。アレックスはしつこく確認するのはやめた。
「おれたちはリョーミ・ディスが奴隷の買い手を待っているところで仕留める。何も起こらないということは無いと思うが、計画通りに事が運んだら、その後すぐにここを出て別の恒星系まで行く。これは容易なことじゃない。だが、お前のせいで選択肢が狭まったんだ。お前のせいで必要に迫られた。文句は言うなよ」
「なんの文句もないよ」こっちが不安になるような、挑むような笑みを向けてきたが、今度はセスの表情が曇った。「でもぼくは軌道上まで行けない。IDがない」
「それなら心配するな。IDチェックのいらない快適な方法がある」



chapter 6 につづく

投稿者: Ugo

Eager for the world of other sun.